Seat warming story 《最終話》Seat warming story 《最終話》(『あなたさえいてくれれば私もう何も要らない』 あなたと朝を迎えるたびに私はいつもそう思うのよ。・・・ビョンホンssi。) 髪の毛をグシャグシャにしてよだれを垂らして隣で眠っている彼の寝顔を揺はじっと眺めていた。 こうやっている時だけは彼は私だけのもの・・・目覚めたら彼にはまた俳優イ・ビョンホンとしての一日が始まるのだ。ずっとこうしていられたらどんなに幸せだろう。 見た目よりも彼の髪は柔らかくて繊細だ・・・まるで彼の心みたい。 そっと彼の髪を撫でながら揺はそんなことを思っていた。 「・・・・・」 気がついた彼は目を開けることなく微笑み彼女の胸に顔をうずめまどろんでいる。 「おはよう・・・・また・・何考えてるの」 彼が目を瞑ったまま彼女の腕の中で訊ねた。 「ん?禿げないかなって心配してた。ほら、ここらへん危ないわよ」 「え?どこどこ」急に慌てる彼を見て揺はケタケタと笑った。 「信じられない・・・。からかったお仕置きだ。」 彼は怒った顔でそういうと彼女に襲い掛かった。 「何時にでる?」 「そろそろかな。」 「そっかぁ。朝ご飯食べている時間ある?」 「朝ごはんの代わりに揺食べちゃったからな。時間ないや」 「困ったわね。私じゃお腹持たないじゃない。」 「お腹は持たないけど精神的にはたっぷり満たされた。栄養満点だよ。君は」 ビョンホンはそういうと揺のおでこにそっとキスをした。 「じゃ、俳優イ・ビョンホンいざ出陣ね。舞台挨拶で滑らないように祈ってるわ。」 「滑ったことなんてないさ・・失礼だな。」 「うんうん。君のファンはみんな出来た人だから笑ってくれるもんね」 揺は笑ってそういうと彼の頬に軽くキスをしてシャワールームに消えた。 「全く・・・・」ビョンホンは笑いながら身支度を始めた。 「舞台挨拶・・見て帰らないの?」 ビョンホンは揺が入れた熱い紅茶を飲みながら彼女に訊ねた。 「うん。チケットとってないし。あなたに会えたし。そんなにゆっくりもしていられないんだ。」 「そっかぁ・・・」 「また来るよ。お母様やウニちゃんにも会いたいし。クリスマスは彰介の結婚式だから会えるでしょ。それに・・・来年のソルラルには移住かもよ」 揺はそういうとビョンホンの手をそっと叩いた。 「ホント?」 「うん。もうすぐ大きい仕事が終わって手ごたえもあるし。思い切ってね。」 「うんうん。揺待ってるから頑張れよ」 嬉しそうにそう言って彼は揺を抱きしめた。 「ほら、もう時間よ。行かなくちゃ。ご飯ちゃんと食べてね」 揺はそういって微笑むと彼を送り出した。 「ああ。行ってくるね。」 そう言って出かける彼の後姿をドアから見送った。 途中彼は何度も振り返り手を振った。 きっとあの廊下の曲がり角を曲がったら彼は俳優に変身するのだろう・・。 そして彼は曲がり角を曲がった。 「行ってらっしゃい・・ビョンホンssi」 「さ、私も頑張らないと」 揺はそう自分に気合を入れドアを閉めた。 ドアブザーが鳴る。 誰だろう。ストッパーをかけたまま恐る恐るドアを開けると彼が立っていた。 「どうしたの?」 「忘れ物。ちょっと開けて」 息を切らして慌てて部屋に駆け込んだ彼はいきなり揺を抱きしめて長く熱いキスをした。 「じゃ、行ってくる」 そういってにっこりと笑うとあっという間に部屋を飛び出していった。 突然の出来事に揺はボ~ッと立ちすくんでいた。 そして笑った。きっと彼は走りながら変身しているのだろう。 彼の髪は彼の心のようにしなやかで意外に強くて・・・禿げないかもしれない。 揺は変なことを考えている自分が妙に可笑しくて一人笑った。 東京に帰った揺が落ち着いてPCに向かったのは2日の夜。 「今日は・・・どうだったのかな・・・元気にやってる?」 ワイングラスを片手に見慣れたサイトをクリックした。 出てきたのは大写しの彼の写真。 「え・・・・うそ。」 揺はそれを見てお腹を抱えてゲラゲラと笑った。 彼は一体何を考えているのだろう。 揺がPCを開けるのを待っていたかのようにタイミングよく携帯電話からロマンスが流れる。 電話に出た揺は笑っていて言葉にならない。 「もしもし?揺?揺?聞こえてる?」 彼が電話の向こうで問いかける。 「うんうん。」笑いをこらえながら揺はそう答えた。 「どうしたの?何?笑ってるの?」不思議そうな彼。 「何じゃないわよ。こっちが何?って聞きたいわ。髪の毛どうしたの?ホンピョかと思った。」揺はこらえきれずに大笑いした。 「笑いすぎだよ。元はといえばお前が変なこと言うから」 「え?」 「生え際が危ないって言っただろ?」 「うそ。まさかあれ本気にしたの?いやだ・・冗談よ冗談」 彼が前髪を下ろした理由を聞いて揺は涙を流して笑った。 「信じられない・・・。揺がそんな酷い女だと思わなかった・・。じゃ」 ビョンホンはそういうと電話を切った。 「もしもし?ねぇちょっと・・もしもし?うそ。切っちゃった・・。」 携帯の呼び出し音が鳴る。 「もしもし?お早う。ほらもう起きて。ビョンホンssi。愛してるから」 「・・・・う~~ん・・・どれくらい愛してるの」寝ぼけながら彼が問いかける。 「海よりも深く山よりも高く・・」 「だめ。心がこもってない。じゃ・・」 切ろうとする彼に揺はすがりつくように言った。 「待って待ってっ!とってもとっても何にも例えられないくらい愛してるから。ねっ?」 揺のタチの悪い冗談の代償。 それはあの日以来、毎朝彼にモーニングコールをかけることだった。 最初は彼の起きる時間に合わせて電話をかけることが意外と大変だと思った揺だったが、今ではすれ違いの多い二人の格好のコミュニケーションになっていて毎朝ワクワクするというのが実際のところ。 ビョンホンの方は調子に乗ってわがままを言いたい放題。 「うん。ま、今日はこれぐらいで許してやろう」 散々揺をからかって電話を切るのが彼の日課になっていた。 その日もいつものように電話を済ませ彼は上機嫌でリビングに降りていった。 「おはよ~~」鼻歌を唄いながら冷蔵庫から牛乳を出す。 「おはよ。最近寝起きいいわよね。ご機嫌もいいし。」 オモニがニヤニヤして言った。 「ん?そう?最近いい目覚まし時計手に入ったからかな。」 そういうと彼はテーブルの上のバナナを一本手に取った。 皮をむいてほおばる。 「目覚まし時計ね・・私には猿とお釈迦様って感じに思えるけど。」 髪の毛を短く切りバナナをほおばる息子を眺めながらオモニが小声でつぶやく。 「えっ?何か言った?」と彼。 「ううん。目覚まし時計早く近くに来るといいわね。」 「うん。」 彼はにこやかにそういうと残っていたバナナを一気に口に押し込んだ。 (目ざまし時計のスイッチは・・・そうだ。あそこにしよう。) 想像しながら一人ニヤつく彼を眺めオモニはにっこりと微笑んだ。 THE END |